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ウコンと琉球王国


第一尚氏(だいいちしょうし)

第一尚氏(だいいちしょうし)とは琉球の王統を歴史区分する際に使われる用語で、始祖である尚思紹王から7代63年間(1406年〜 1469年)続く琉球最初の統一王朝をつくりあげた王家を指します。

その尚思紹王の息子の尚巴志は佐敷の若按司として21歳で家督を継ぎ、後にグスク時代から続く琉球3山をはじめて統一しました。3山はともに明朝とそれぞれ進貢貿易を行う強大な力をもった国でしたが、尚巴志は最初に浦添の中山国の武寧王を武力で攻め落とし、自分の父を国王に即けました。

その後、北山を手中におさめ、さらに2代尚巴志が王座に就くと南山を滅ぼし1429年にはおよそ300年続いた三山時代を平定し統一しました。また、中山城を浦添から首里に遷すとともに新たに那覇に港をつくり、首都と港の新設を一大事業としてやってのけます。

尚巴志は小さい頃から人望を集めていたといいます。あるとき尚巴志の差す刀を目にした商人がそれを欲しがったため巴志は自分の刀と交渉の末、たくさんの鉄と交換し持ち帰ると領民にすべて分け与え農具の材料にさせたという逸話があり、領民から大変感謝されたことが伺えます。

尚巴志の息子達はそれぞれ王となりましたが、その後3代の王は在位期間が短く、王族同士の内乱から城は乱れ、尚泰久王が1454年第6代琉球国王に就くと首里城の再興から手がけることになりました。しかしこの時代も海外貿易は衰えることなく隆盛を増し、万国津梁の鐘を鋳造させ、さらには銅銭「大世通宝」という琉球の貨幣を発行させました。

その後、尚泰久王の息子の尚徳王が急逝すると家臣のクーデターにより第一尚氏の時代に幕が下ろされました。家臣であった金丸によって新しい王統の第二尚氏が台頭するのです。