首里城は沖縄において最大規模の城であり、琉球王朝時代の政治、外交、文化の拠点でした。1992年に国の事業として復元され、2000年には首里城跡が琉球王国のグスク及び関連遺産群として、首里城周辺の文化財や県内各地に点在するグスクと呼ばれる古城跡や御嶽(うたき)とともに世界遺産に登録されました。
首里城は過去の発掘調査により遺構の最も古くは14世紀末と推定されています。建物はあざやかな朱塗りの漆で彩られ、城の各所に琉球国王の象徴である龍の図柄や彫刻が施されるなど、賢覧豪華な建築装飾となっています。正殿の1階と2階にある琉球国王の玉座は御差床(うさすか)と呼ばれ2階の王座には清国の康熙帝(こうきてい)から贈られた「中山世土」と書かれた扁額が掛けられていました。
首里城は琉球王朝の隆盛期である大交易時代には海外からたくさんの文物がもたらされ、なかでも薬としてのウコンや、さとうきび、甘藷(後のさつまいも)などは日本本土にも伝わりました。
また、城を護る城郭は琉球石灰岩を切り出し積みあげられており、機能と曲線美が一体となった城壁は素晴らしく、国内外から高く評価されています。首里城は後に伝わる風水術の見地においても強力に護られている城といわれ、名城の必須要件であるとされる御神体としての峰が存在します。
弁ヶ嶽(べんがだけ)という沖縄中南部ではもっとも標高のある霊峰で、首里城の後方1キロに位置しています。弁ヶ嶽には2つの御嶽があり、神の島といわれる久高島と本島南部の斎場御嶽(せいふぁーうたき)につうじているといわれ、首里城は篤い信仰によっても護られていたのです。