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ウコンと琉球王国


進貢船(しんこうせん)

琉球の歴史は古く西暦400年代、中国の隋の時代に朱寛という人物が当時の琉球国を訪れて帰国後書き残した書物に「琉求国伝」があり、その中で初めて「琉求」が紹介されています。琉球の歴史神話上の王とされる天帝子の時代であります。

その後伝説とされる1186年まで25代続いた天孫子王代においては、中国宋代の文献によると「琉求」は常に数百隻にのぼる船団を率いて中国沿岸部の港に押し寄せ、海賊行為等をひき起こしたとされており、中国も当時の「琉求」に手を焼いていた様子がうかがえます。

さらに英祖王の時代に入ると1296年中国の元軍の襲来を受け、海上での奮戦で打ち敗っています。その頃から北山、中山(首里城)、南山の貿易権益や勢力争いがおこり、当時の明国の各港や東南アジアの国々への貿易権益の争いとなっていました。

やがて察度王統代に入って朝鮮半島との貿易や支那留学などが盛んになり、このような船にまつわる長い歴史の中で1372年になって進貢船の役割を持った船が登場し始めます。

明帝の三山停戦の促しもあり、1385年には明帝から三山とも同等の交易権を与えられ、大型の商船がそれぞれ贈られました。進貢船の船員は中国福州の琉球館でもてなされ、正副使や使官は北京まで赴きました。

15世紀に入ると進貢船貿易は琉球にさまざまな分野で農作物や建築技術などを人材とともに運び、大交易時代もピークとなりました。1605年、甘藷(後のさつまいも)を伝え、砂糖とウコンは1645年琉球王府が専売制を布かれました。

その頃シャム王国(タイ国)から酒の蒸留技術が伝わり泡盛が生み出されたといわれています。