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ウコンと琉球王国


大交易時代

琉球における14世紀から16世紀にかけて察度王が明朝と進貢船貿易を開始した1372年以降から1609年の薩摩侵攻までの時期を指し、王府は中国、東南アジア各国、朝鮮、日本本土などに船を向け積極的な交易を行っていました。全盛期には海外との貿易は王府の最大の財源となっていました。

ポルトガル、オランダ、スペインなどヨーロッパの海洋先進国が東南アジアへの進出を競って行い、香辛料、胡椒やウコン(ターメリック)、貴金属や宝石などを求めて制海権を得るために西洋本国では戦争も行われていました。その中、琉球は「万国津梁の鐘」の銘文にもあるようにアジアの架け橋となった繁栄と平和の様子がうたわれています。

日本近海にも外国船が現れるようになった頃、日本の鉄砲伝来は種子島に漂着したポルトガル船により1543年に伝わったといわれていますが、琉球でもポルトガルやオランダなどの外国船が多くなり、倭寇も活発に出没するなどして、港が狙われたため1553年には那覇港の海上に台場を築き大砲を設置していました。

那覇港に向かってくる船はすべて遙か沖合の渡嘉敷島で識別され、狼煙の合図で首里城に船の情報が伝えられていました。外国船に役割を奪われる形になり、密輸も増え、やがて薩摩によって東南アジアとの交易が制限されてくると、急激に琉球王国の財政は傾き、衰退期に入っていきました。

また大陸では明から清朝に権力が移行しているさなかで、その後の第二の黄金期と呼ばれる清朝との交易が始まる前触れでもありました。